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日本の保守政治の主役であったのが自民党。 過去径表記です(^^)
その伝統的名門派閥でこともあろうに、最低、最悪の総理総裁になったのが、岸田文雄総理だろう。
それまで非力、不運な総理、総裁は居た。
その典型が、大平正芳、鈴木善幸、宮澤喜一、河野洋平、谷垣禎一が居るが、谷垣貞一総裁は悲運の典型であり、鈴木善幸とて非力ながら、大平正芳政権時の宏池会の大番頭であったことを根拠にするなら、総裁になるべく背景と必然性があった。
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これでも、猿芝居のサルとまで言わないおGGの遠慮を理解されることを切望する次第だ。
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つまり、「小技」「演技」「受け狙い」には長けている。
その典型が、まるで学生時代、あるいは高校時代は柔道部であったのかと主wせるような、肩を怒らした歩く姿を頻繁に露出させるが、あのポーズは、意識して胸を張り、身長を1ミリでも長身に見せようとする虚勢に過ぎない。
その典型が、訪韓時の大リーグ開催ゲームの始球式で見せた、高校球児の球列歴を誇示するにはあまりにも縁遠い、オバさんの山投げの投球からも、ひたすら虚勢を演じる子役獅子であるのが見えてくるのだ。
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総裁就任時、「岸田ノート」が話題になったが、普通の感覚なら、「ボクはノートをん十冊」取って、日夜政治家として研鑽、精進してる風をメディアにアピールさせていながら、国家観、自身の政治哲学の片鱗も感じさせない、総理就任の抱負が、「人事」であったことからも、推して知るべし小人で、子役獅子なのだと思わざるを得ない。
それでいて権謀には長けており、親方の角衛的存在である財務省の傀儡に徹することで、政見を維持して来たことは明白だ。
