kazan105のブログ

2005年に始めたgooブログの引っ越し先です。

ニッポン放送Cozy-upの奥山真司の解説で、またもや1982年頃のお粗末な総理大臣の名が浮上した


ブログを始めて15年。

コメンテーターが、過去の事例に関して、日本政府の意思決定のミスを、当事者を名指しで特定は避けていても、年代を示唆してくれます。

多くの問題で、そのターニングポイント、あるは意思決定ミスをした時代を示唆した時の
総理、政権を、当時のブログで裏取りをすると、案外リアルな評価が見えたり、評価することが可能になります。

一例として、対韓国への謝罪外交の始まりとなったが「宮澤総理の訪韓」で、その直前に仕組まれたのが、朝日新聞中央大学の吉見義明教授。

さらに一例で、今の中国のモンスター化の端緒になったのが、平成天皇・皇后両陛下の中国訪問で、ときの総理大臣が宮澤総理。

今日の奥山真司先生の解説にあった、「北方領土は簡単には戻らない」「最大のチャンスはエリツィン大統領時代のロシア崩壊時に意思決定を間違えた」を聴いた時、その時代をググと、またもや1982年。

となると、総理は宮沢喜一総理ではないですか。

戦前戦後の有能なエリート官僚で当時有名な「英語使い」。
サンフランシスコ講和条約使節団にも随行した、あまりにも有名、華麗な大蔵官僚のエリートが宮沢喜一総理の若き日の実像です。

これだけのキャリヤとハイライトを持つ総理は、戦後の宰相では、吉田茂岸信介宮澤喜一くらいでしょう(私見

他に記憶に残る、あるいは存在感と言う見地から、池田勇人田中角栄中曽根康弘小泉純一郎、etc があがりますが、現在の外交、地政学、歴史戦的見地から見た時のワースト総理は、宮澤喜一総理というのがkazanの評価になります。

1200文字超えになりましたので、残りは、後半ブログで更新します。