
失われ30年が「失われた30年」というキーワードで独り歩きしてすでに10年近くなる。
— kazan/mimura★いらないN共朝毎・四メディア (@asanai106) June 17, 2025
なぜなら、1985年9月の米国N.Y プラザホテルで行われたG5首脳・蔵相・中央銀行総裁会議で合意された「プラザ合意」が、その起点と言われており、今年・2025年9月で、「30年」は実に「失われて40年」なる現実がある。 https://t.co/zCY5nmIAfm
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それにしても、多い、独り歩きしたキーワード「失われた『30年』」。
あと3カ月まりの9月には、「失われた40年」に入るのが現実である。
直近の日本の平日朝8時から始まる、言論系のニュース番組のアンカーですら、「失われた30年」と口走るほど、この「30年」が定着しているが、その多くは、その起点がいつだったのかを脇に置いて、発信するほど。常套句としての「失われた30年」が定着しいている現実があるからでしょう。
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この合意を起点に、日本は為替の円高誘導をかせられ、年が重ねられ、いつしか「失われた20年」さらに「失われた30年」と言われるようになって久しいが、それが「40年」になっていることえを発信する言論人、スピーカーの存在を、不詳Kazanは知らない。
つまり、一日の多くの時間を、ネット環境のニュース系、あるいは言論系コンテンツを視聴してるKazanには、いまだに「40年」を認識した発信者を記憶していていない現実がある。
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リンクは、その「失われた40年」の日本の政治の不作為を指摘し、論じた記事になっている。
